女子学院のクリスマスに寄せて

アドベント礼拝からの話

教会史を振り返ってみれば、クリスマスは4世紀あたりまで祝われていませんでした。アドベントはそれから更に2世紀後、6世紀まで祝われていなかったのです。教会史初期のころはクリスマスよりイースターが大切にされていたようでした。
しかし、ある意味で、このアドベントの時期は、まだ見ぬものに感謝しつつ、忍耐しながら待つことの大切さを人々に気付かせる時ではないでしょうか。そして希望を持たせてくれる時なのではないでしょうか。立ち向かっている壁がいくら厚くても、いくら高くても、壁の向こうを想像し、その向こうに行けると希望を持つ。そして壁を乗り越えるのにいくら時間がかかっても、壁を崩すのにいくら苦労をしても、諦めない。アドベントは、私たちにそのような力を与える季節なのではないでしょうか。
女子学院は、キリスト教の教えに基づいて、女子も男子と平等の教育を受けられるようにした、日本でのtrailblazer、草分け的存在です。この学校を作り上げてきた女性たちは、神を信じていたからこそ、見えぬ将来をも信じることができ、信じていたからこそ、諦めずに、前に進み、そのおかげで、私達は今日、ここでアドベント礼拝を迎えることができています。
壁の向こうに将来が、闇の向こうに光が待っている。このことを、アドベントとその向こうに待つクリスマスは、私たちに伝えているのではないでしょうか。
 私は1951年生まれです。私が生まれる88年前まで、アメリカでは黒人の奴隷を持つことができたのです。そして、1863年にリンカーン大統領により、奴隷が解放されました。しかし、黒人の方々が本当の自由を得るのはまだまだ先のことでした。アメリカの軍隊の中で差別がなくなったのは、第二次世界大戦が終わって3年後の夏でした。しかし、私が小学校に入学した時、まだ黒人の子供と白人の子供が別々の小学校に行かなければならなかったのです。
アメリカの小学校は昔から教科書をリサイクルしてきています。教科書のカバーの内側に表があり、本を受け取ったときに自分の名前、日付、本の状態(まだ新しい、痛んでない、ページが破れている、落書きされている)を書き込みます。1年経って、学校に本を返す時、また、名前、日付、本の状態を書き込みます。こうして、1冊の教科書がおよそ6年間使われていくのです。6年目の本はかなり汚いものです。真新しい本を頂いたとき、本当に嬉しく思いました。それが白人の子供の通う小学校の話です。黒人の子供が通う小学校では事情が少し違っていました。私たちが6年間使ってきた古い教科書は黒人の子供の小学校に送られたのです。当時の黒人の子供は新しい教科書を手に持つことがなかったのです。6年の間に、科学は発展し、歴史も動きます。古い教科書で教える先生方も大変な思いをして授業の準備をしていたのでしょう。学校が終わって、公園に遊びに行けば、黒人も白人も同じぶらんこや滑り台で遊べましたが、水飲み場やトイレは肌の色で分けられていました。公衆トイレに入れば、3つのドア、男、女、カラード(肌の色が白くない人用)がありました。アメリカの社会は不平等でした。この不平等なアメリカで私は生まれ、小学校に入学したのです。
私が入学したのは1957年でした。1954年に黒人と白人の子供は同じ学校に通うべきだとアメリカの最高裁判所が法令を下したにも関わらず、アメリカ南部の学校はまだ前のまま存在していたのです。
その時、私の祖母は黒人の方に家の手伝いを頼んでいて、週3回くらいメアリーという中年の黒人女性が来ていました。当時日本に住んでいた私は5年に一度の1年間しか祖父母に会えなかったので、アメリカに滞在している間は、ほぼ毎日、学校が終わったら彼らの家に行っていました。当時の楽しみはおばあちゃんの手作りアイスクリーム、おじいちゃんの畑のトウモロコシで作ったポップコーンと、メアリーから聞くお話でした。彼女はいつも繰り返して、私に、「あなたはかわいい子、やさしい子、強い子、何でもできる子なのよ」と言ってくれました。そして、子供の小さな世界の外側で起きている事の話もしてくれたのです。
1955年にローザパークスという黒人の女性が、バスの席を白人の男性に譲らなかったために逮捕されたことがきっかけとなり、大きな平等運動が起こって、1年後、黒人がバスのどの席にでも座れるという当たり前の権利を勝ち取ったことや、キング牧師という公民権運動のリーダーの話をしてくれました。5年後、中学1年の時に再びアメリカに戻ると、メアリーはまだ祖母の家で働いていて、また私にいろいろと教えてくれました。12歳になった私には今度はもっと深く公民権運動について話してくれ、彼女と2人でキッチンテーブルを囲んで、ドーナツを食べながら話をするのがいつも楽しみでした。
 最近、”The Help”という本を読みました。この本はちょうどその時代の、黒人のお手伝いさんと手伝っている家の白人の子供たちとの関係を語っています。この本を読んで、私が知り合って、愛したメアリーは特別な存在でなかったことがわかりました。特に、家の大人たちが留守の時、聞く耳のある白人の子供と公民権運動、アメリカの黒人の歴史を語ることが日常茶飯事に行われていたようなのです。
彼らは知っていたのです、将来は子供の手にあると。黒人の平等と自由の夢を手に入れるのには、まだ、偏見が根付いていない子供を教育するのが大切だとわかっていたのです。忙しいスケジュールの中、私たちにやさしく、愛情を持って、語りかけてくれたのです。
今の時代を見ましょう。今年、2009年にアメリカの初代、黒人大統領が誕生しました。彼は黒人の票の力だけでは大統領にはなれなかったでしょう。白人の票も必要でした。私は思います、私たちがまだ幼かった時にこの語り部たちに出会っていなかったら、黒人大統領の誕生はまだ遠い先のことだったと。
当時、1950年代60年代のAfrican Americanの人たちは、その将来がはっきり見えていなかったでしょう。しかし、その時代を生きていたキング牧師が暗殺される前の晩にこう言いました。
“The world is all messed up. The nation is sick. Trouble is in the land; confusion all around. But I know, somehow, that only when it is dark enough can you see the stars. And I see God working in this period of the twentieth century in a way that men, in some strange way, are responding. Like anybody, I would like to live a long life. Longevity has its place. But I’m not concerned about that now. I just want to do God’s will. And He’s allowed me to go up to the mountain. And I’ve looked over. And I’ve seen the Promised Land. I may not get there with you. But I want you to know tonight, that we, as a people, will get to the promised land !
And so I’m happy, tonight.
I’m not worried about anything.
I’m not fearing any man !
‘Mine eyes have seen the glory of the coming of the Lord !”’
Let’s pray.
Dear Lord,
It is Advent. At Advent we look through a glass darkly, trying to see the light ahead, believing that the light truly is ahead. Help us not to worry about anything, as Martin Luther King said the night before he died. Help us to know, as he did, as the Mary that I knew as a child did, and as the Mary that gave birth to Jesus Christ did, that the future of God’s promise does indeed lie ahead.
In Jesus Name,
Amen

中学1年、教室のクリスマス装飾

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