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「伝える、広げる」(ひろしまの旅報告礼拝1)

「第1回女子学院ひろしまの旅」は1982年に始まりました。女子学院では、中学3年生から教科を超えて事前学習を行い、「ひろしまの旅」を大切に守り続けています。今年度のひろしまの旅は、10月22日(水)~24日(金)に行われました。1月14日(水)に行われた生徒の報告礼拝を、2回に渡って紹介します。

 

「伝える、広げる」

全体会でのテーマは「平和を実現するために、さまざまな側面をもつ戦争にどう向き合っていくか」。前日のフィールドワークのことを思い出した。私は広島城付近の遺跡を見たのだが、私の予想に反して、ガイドの方が連れて行って説明してくださったものの多くは植物や城壁だった。被爆して唯一残ったユーカリの木、片方の側面だけが傷ついている鳥居。それらは知らなければ足を止めないような所で、また、広島の日常に溶け込んでいた。これらは風化してしまうのだろうか。
この疑問はフィールドワークのあと、私の頭の中でずっと渦巻いていた。もちろん物理的にはどんどん風化していくと思う。木はいつか枯れてしまうだろうし、改修されてしまえば城壁に残った被爆の痕跡は消えてしまうかもしれない。一方、人の記憶からはどうだろうか。被爆された方は昨年終戦80年を迎えるにあたって全員80歳以上になられた。今回の「ひろしまの旅」でお世話になった方々も、多くの方が被爆者であり、このままでは有名な遺構以外の被爆物の存在は忘れられてしまうのではないかという不安が私の中に生まれた。この「私たちが伝えていかなくてはいけない」という漠然とした思いがあったからこそ、全体会のテーマがより重く、プレッシャーのように感じられたのだと思う。全体会で同級生の発言を聞くうちに、私は自分の考えを少しずつ整理できるようになった。私たちがやるべきこと、政府の原爆に対する姿勢、学校教育のあり方、SNSなどのメディアを通しての発信の可能性。さまざまな視点から皆が真剣に原爆に向き合っていた。そのような意見に触発され、私が最後にたどり着いた結論は「細部まで伝え継ぐ」ということだった。当たり前のように聞こえるかもしれないが、「広島は被爆した」という事実だけを知っている人が語り継ぐことと、実際に被爆者の方の話を聞き、自分の目で被爆遺構を見た私たちが語り継ぐこととは、まったく違う意味を持つと思う。体験を通して得た感情や景色の記憶、空気までも伝えようとすることに価値があるのではないか。広島に住む方々が後世に伝えるために長年努力してきたことを、後世に生きる私たちが途絶えさせるようなことをしてはならないと強く感じた。
また、もう一つ今回の旅全体を通して気づいたことがある。それは、海外からの旅行者が想像以上に多く広島を訪れていたことだ。平和記念資料館では、悲痛そうな表情で展示を見つめている外国の方の姿を何度も目にした。中でも印象に残ったのは「Black Rain」という展示だった。被爆直後に放射性物質を含んだ黒い雨が降り、それを浴びた人々がさらなる苦しみに襲われたことを描いた展示は、想像を超える現実の重さを伝えていた。私はその展示の前で、戦争の悲惨さと人間の脆さを改めて突きつけられたように感じた。そして、展示名が英語表記であることによって、原爆の記憶はもはや日本だけのものではないことに気づいた。原爆は、国や時代を越えて人間全体に関わる問題なのだと思った。だからこそ私は、広島で学んだことを自分の中で終わらせるのではなく、世界に向けて発信していくことも必要だと感じた。SNSを通じて、また、多くの方々に伝えられる表記の仕方によって、二度と原爆を使用してはならないという意識を世界中に広げていくこと、それが、これからの私たちが担う新しい「伝え方」なのではないかと思う。しかし、そのような海外の人々の真剣な姿を見たからこそ、私は日本人の学ぶ姿勢に若干の違和感も覚えた。被爆国に生まれたから学ぶ、という義務感のような意識にとらわれ、自ら進んで考えようとする気持ちが薄れているのではないか。資料館で展示を淡々と見て通り過ぎる学生の姿を見たとき、どこか「行事の一環」として訪れているように感じた。それは私自身にも当てはまるのかもしれない。だからこそ、まずは私たち一人ひとりが“自分の言葉で考え、伝える”という姿勢を取り戻す必要があると思う。
「伝える」ということは、知識をそのまま渡すことではなく、自分の中で感じ、考えたことを言葉にして次へつなげることだと思う。今回の広島での体験を通して、私は「被爆の事実を学ぶ」ことから一歩進み、「どうすればこの現実を自分の言葉で伝えられるか」を考えるようになった。たとえ年月が経ち、風化しても、私たちが見て感じた記憶を次の世代へ語り続けていけば、それは確かに残っていく。広島で見たユーカリの木や鳥居のように、傷跡を抱えながらも生き続ける強さを、私たちの言葉で伝えていきたい。

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