標語聖句

女子学院の標語聖句は、その聖句の意味を生徒が1年の課題として考えるように、年度初めに院長が選んでいるものです。

2021年度の標語
「主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。」
(イザヤ書55章6節)

女子学院は昨年度、創立150周年を迎えました。明治時代の初めにキリスト教を教育の礎として、女子教育に力を注いできた草創期の宣教師達の思いは、現在も学院に脈々と受け継がれています。「主を畏れることは知恵の初め。」(箴言1:7)と聖書にあるように、この教育の中でとても大切にされてきたことは、豊かな人生を歩む上でどうしても必要となる、絶対者である主なる神との出会いです。

中学高校の6年間では、これまで出会ったことのない新しい知識を得、自らの存在意義を確認していきます。生きていくための足場をしっかりと固めていく時間が保障されている貴重な期間なのです。そのために学ぶこと、考えることは数多くありますが、その営みによって私たちは、それまで見たことのない世界を見、知識を獲得していくのです。また、日々の生活の中では、自分で望まなくても、様々な形で困難な出来事に遭遇します。自らの力では乗り越えることができないような、難しい課題に取り組まねばならないことも時には起こります。そのような時に助けを求めるとすれば、それは誰に向かってでしょう。家族や友人あるいは先生がその対象となるでしょうか。自分自身のことを最も理解しているのは自分なのだから、負った重荷はすべて自分で解決するしかないと考える人もいるでしょう。しかし、重荷は預けられるのです。神様との出会いは、その重荷を預ける方を知るということです。自らの力だけで解決できることは多くはありません。いや、むしろ神様の導きがなければ、解決できる課題はないと言ってもよいでしょう。

聖書にはまた、「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」(コヘレト12:1)とあります。人生の中でしっかりと神様に向き合える時間をもち、自らの存在を考え、神様の存在を考えることができるのは、今与えられたこの時なのかもしれません。この標語聖句の後には、「呼び求めよ。近くにいますうちに。」と続きます。神様が近くいる時とはどんな時でしょう。私たちが神様の存在を意識し、考えようとしているその時ではないでしょうか。毎朝の礼拝をもって聖書の御言葉に触れ、祈りの時をもつ私たちに、神様は「尋ね求めよ。」「呼び求めよ。」と促されます。それは私たちが、近くにいる今ならば、本当に信頼すべき方を見出すことができるからです。

神様の導きには、人それぞれに与えられた時があります。ですから神様との出会いについて焦る必要はありません。ただ、人生100年の時代とも言われる歩みの中で、神様に近づいているこの6年間をまずは大切に過ごしてもらいたいと思います。神様は常に共にいてくださいます。どんな時にも私たちと共に歩んでいます。しかし、その事実を見出すことができるかどうかは、自分自身が何に目を向けているかによるでしょう。社会の喧騒の中で、御言葉に耳を傾け、主なる神様に目を向けることは大変なことかもしれません。心を落ち着けて神様に向き合う機会が用意されている今だからこそ、本当に大切なものを見出していってほしいと願います。与えられた恵みと祝福を感謝して、貴重な日々を過ごしていきましょう。

院長 鵜﨑 創

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