標語聖句2016年度

女子学院の標語聖句は、その聖句の意味を生徒が1年の課題として考えるように、年度初めに院長が選んでいるものです。

2016年度の標語
「狭い門から入りなさい。」 (マタイによる福音書 第7章13節)

「滅びに通じる門は広く、その道は広々としている。」と、主イエスは山上の説教で教えられました。どの道を選び進んだらよいのか、私たちは日々の生活の中で、多くの選択を迫られています。自分にとって安易で楽な道を選ぶことはとても簡単なことですが、往々にしてそれが誤った選択になることがあります。なぜなら、楽で簡単な道はその時には大変心地よく、自分に最も適した道に見えるものですが、そこで得られるものは一時の喜びであり、数年後または数十年後には、まったく自分のためになっていなかったということがよくあるからです。人生では、常に何らかの課題を乗り越えて前に進んでいかなければなりません。何事を為すにしても、自分のできる範囲内だけでことをすすめ、自らの限界を越えることがなければ、その先の発展は期待できません。自ら困難と思われる道に挑戦し、それを乗り越えてこそ、自分にとって新しい道が開かれてくるのです。新しい道とは、私たちが今まで経験することのなかった未知の領域であり、神様によって新しく示される世界であると考えてよいかもしれません。私たちが既成概念の中にとらわれ、一歩前に踏み出して新しい世界を見ることをしなければ、神様が示される真理を知ることは、いつまでたってもできないでしょう。中学生や高校生の時代には、様々な経験を通して多くの新しいものとの出会いの機会をもちます。またこの時代は、自分の世界の殻を破って、徐々に新しい世界へ足を踏み出すことのできる最もエネルギーに満ちた多感な時代でもあります。このような時に広々とした滅びに至る門を選び、安易な道を進もうとするならば、将来残念な思いをすることになるでしょう。

但し、狭い門から入るには、相応の困難が待ち受けています。楽しみばかりを追い求めていては、到底この門を通り抜けることはできません。聖書の中で使徒パウロはこのような苦難を誇りとすると述べています。それは、「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む。(ローマの信徒への手紙5:3-4)」からです。希望は神様の愛によって私たちを欺かないとパウロは言います。一時の苦難は、神様の愛によって希望に変えられるというのです。

「若いときに軛(くびき)を負った人は、幸いを得る。」(哀歌3:27)と主は言われます。人生でいくつかの山を越えなければならないとしたら、その時期は素直な心と柔軟な思考力を兼ね備え、そして何よりも探究に対する大きなエネルギーを秘めた、この時こそふさわしいと言えるのではないでしょうか。一歩を踏み出そうとする時、新しい道への挑戦を恐れる必要はありません。神様は共におられると、繰り返し聖書に書かれているではないですか。「恐れるな、わたしはあなたと共にいる。」と昨年の標語聖句にあったように、共に歩んでくださる神様に信頼して、その真理を尋ね求めるため、学校生活の中で多くを学び、身につけていきましょう。

院長 鵜﨑 創

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